ダリ~諸橋近代美術館へ

 九月の休日、福島県の諸橋近代美術館へ行ってきた。私の住む仙台市から車で約2時間。昼過ぎに出発し,美術館でゆっくりと過ごし,日没前に帰宅した。磐梯朝日国立公園内にある閑静で景色のきれいな美術館だった。諸橋近代美術館はダリの作品を多く収蔵していることで有名である。本物の作品に触れることで心が動いた。「アートに触れる」ことを大切にしたい,と改めて思った。

磐梯朝日国立公園(福島)にある。正面の池に映り込む建物が美しい。

 サルバドール・ダリの絵を初めて目にしたのは,幼稚園に入る前あたりだったか。体に引き出しのある人間,背中が燃えているキリン,ぐにゃん,と溶けた時計…。背表紙に「ダリ」と書かれた画集をめくった時の衝撃は忘れられない。禁断の絵を見てしまった,どうしよう、と思った。

 当時,母が独身時代に買い揃えたという画集をめくり,印象派の美しい絵に見入ったり,母からゴッホの壮絶なエピソードを読み聞かせてもらったりしていた。ルノワールやドガの描いた女性,ルドンの花の絵は,子ども心にも素直に「きれいだ」と理解できた。が、ダリは違う。絵そのものは美しいが,心に潜む何かに迫ってくる怖さを感じた。

 その後,成長した私はダリがシュールレアリスムの画家であることや,その生涯や逸話を知ることとなり,幼い頃に抱いた衝撃や怖れは薄れていった。ダリへの興味も手伝ってか「好きな画家」となり,美術館で買い求めた『記憶の固執』『レダ・アトミカ』『目覚めの直前,柘榴のまわりを一匹の蜜蜂が飛んで生じた夢』のポスターを額装し,部屋に飾っては日常を共にしていた。

磐梯山のふもと。磐梯山を望みつつ、庭の散策もできる。

当然,諸橋近代美術館の存在は気になっていた。ダリの作品コレクションにおいては、世界で三番目の規模,アジアで唯一のダリ常設美術館だという。行きたい!と思い続け,はや二十年。(美術館は今年でに二十周年!) この夏,息子の高校野球も終わった。「野球が終わったら,いろんなところにドライブしようか。」と夫とも話していたところだった。時,熟す。野球の応援専用車だった夫のRV車も、いよいよ本領を発揮するときがきた。いざ、福島。いざ、諸橋近代美術館へ。

 

美術館のカフェにて。ミュージアムショップで買った図録とクリアファイル『記憶の固執』と。

館内には絵画,彫刻をはじめ,思っていた以上にダリの作品が展示してあった。時計,燃えるキリン,引き出しのある女性…私の原体験となるダリのモチーフ(しかも本物!)と再会できた。なかでも私の目を奪ったのは,『ベアトリーチェ』である。ブロンズ像の女性の顔を塊状の天然石インカローズが囲んでいる。桜色とも珊瑚色とも形容しがたいインカローズ。ダンテ『神曲』の登場人物であるベアトリーチェ。インカローズに囲まれたブロンズ像は気のせいか生きているような表情を見せてくれた。愛の象徴とされるベアトリーチェを愛の石といわれるインカローズが囲んでいるところに象徴的な意味がある気がして,ますます魅入るのであった。角度を変えて見ることで、異なる表情を見せる像,インカローズの色合いや美しさ。自分の目で見て、よかった。空気を隔てて触れて、よかった。

 展示室を出て、美術館のカフェに入る。建物正面の池に面したソファに座りながら、ゆっくりと目の前の磐梯山を望む。

美術館のカフェで。夏の名残、暑い日だった。水出しコーヒーが美味しかった。

絵の解釈に耳を傾け,謎解きを楽しむ鑑賞もよいと思う。だけど、私は自分の感覚を大切にして作品と向き合うのが好きだ。幼い時に無心で眺めたダリの絵に衝撃を受けたように。そのときその時,私の感覚に触れる作品との出会いを楽しむ「アートに触れる」時間を作っていきたいと思う。

建物正面の池には蓮の花が。

 帰宅後,おみやげね,と『記憶の固執』のクリアファイルを息子に渡した。息子は「あ、これ昔、部屋に飾ってあったよね。」とだけ言って受け取った。彼の記憶の光景にもダリの絵はあるのだろうか。

諸橋近代美術館のホームページはこちらです→